映画『この世界の片隅に』
昭和20年、広島・呉。
わたしは ここで 生きている。
戦争と共に生きるということ
きっとこの映画を見て涙するのは、ある程度年配の人たち、私のような50代とかそれ以上なんだと思う。
私の世代は、やはり子供の頃にマンガ「はだしのゲン」を読んで、戦争の悲惨さ・原爆の怖さを知った。
そして大人になって、野坂昭如原作のジブリアニメ『火垂るの墓』に涙した。
でも、この作品は本当に若い人たち、特に小中学生の頃に、自分たちの子供の頃に通過したように、必ず見て欲しいと思った作品。
だから小中学生のお子さんがいるは親は、一緒に映画を見に行くには良い機会かもしれない。
戦後70年が経過して、自分たちが語り継げない戦争のことを、家族で話をする良い機会になると思う。
ドキュメンタリーに近い物語。
主人公すずは、昭和元年生まれ、昭和史をそのまま生きたと言う設定、それは戦争と共に生きると言うことは何か?と言うことを前半は考えさせられる。
軍港の街・呉、そこには普通に軍艦が停泊している、大和や武蔵が丘から見えるのが日常の風景。
今の日本では考えられないが、日常の中に軍隊が存在している。(ちなみに海外でも普通の光景、隣国韓国に行ってみると街中に軍隊がいる)
昭和20年までの日本はそれが普通の日常だった。
でも戦争と隣合わせで生きていても、人は笑うし、泣くし、怒るし、そこには淡々とも言える日常があるということ。
ここでは戦争に行かない人たちを描いている、一見のんびりした生活、苦しいけれど、そこをたくましく生きる主人公を描いている。
たくましさとのんびりさ、この両方を併せ持つ主人公を超えで演じたのが能年玲奈改めのん。
相反する「たくましさ」と「のんびりさ」を持つ主人公が、のんそのままのような感じさえする融合ぶり。
きっと、のんでなければ成立しなかったのでは?と思わせるくらい彼女の演技(声)が良かった。
小さい頃に祖父や父に聞いた地方都市の風景が見事に描かれていて「こうやって市井の人々が戦争に飲み込まれて行くんだ」と感じる。
そして戦禍はどんどんと身近に近づき、そして運命の日へと続く。
これはおそらく、アニメだから見れる、見ることのできる映像だろう、実写だったら目を背けたくなる光景が後半は続く。
そして、昭和20年8月15日を迎え玉音放送を聞く主人公すずが叫ぶ。
「なんで止めるんだよ~」
と。
止めるんだったら最初から戦争なんてするな、そんな無責任なことで戦争を始めるな!と。
必要な戦争なんてない、自分たちの生活をどれだけ壊してくれたのか?!と。
この作品には希望がある、戦争が終わって生活が楽になる保証はない、でも戦争のない日々がやってくると言う希望、そしてまたその新しい日常を淡々と生き抜くしかない。
戦争に打ちのめされても人は強い、そこから立ち直っていく、日常を生き続けることの芯の強さがこの作品にはある。
だから若い人に是非、見て欲しい作品でもある。
私的『この世界の片隅に』
① テーマが有るか?共感できるか?
戦場とはどこにあるものなのか?最近の日本ではそんな「のん気」な議論がされている。
いったん戦争になれば、戦場というものは果てしなく拡大していく、そして日常の一風景になってしまう。
戦争をするということは、全ての人を巻き込み、そして不幸にしていく。
私は小さい頃に祖父から富山大空襲の話を聞いたことがある。
祖父の家は、富山市街からは離れていたため被害は無かったが、空が真っ赤になったと言っていた。
この映画を見ていると、そういう戦争体験者の記憶を一つ一つ積み上げた感覚がある。
② 作り手の強い意思を感じるか?
原作のマンガをクラウドファンディングを作って映画化。
多くの人が「あの大戦を忘れてはいけない」と言う思いがこもった作品。
戦後が70年以上経過して、主人公・すずが生きていたら90年、広島に原爆を投下した国のプレジデントが訪問もした。
日本はこの出来事を永遠に語り継いで、戦争をしない国として続いていかなければ、と言う想いを感じる。
③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で主役を務め、一躍国民的アイドルとなった能年玲奈。
「あまちゃん」の直前に映画『ひまわり ~沖縄は忘れない、あの日の空を~』でヒロインをしていた彼女に会った時の印象は”本当におとなしい子”という印象で、小泉(今日子)さんの娘役をやるとは、ビックリしたもの。
いつの間にか、能年玲奈が”のん”に改名していて、のんとしてはデビュー作にあたる。
10歳くらいから21歳くらいまでのすずを見事に演じたのん(能年玲奈)、彼女があまりにもピッタリだった。
周りの声優陣は、ベテランの人々で安定感があった。
④ 映画らしい楽しさが備わっているか?
なんとも原作の絵をそのままアニメにしたような感じが良い。
絵がほんわかとした雰囲気を醸しながら、一方でシビアな現実が描かれる。
上にも書いたが、このギャップが良い、この作品を見て、二度と見たくなくなる作品では駄目だから。
⑤ エンターテイメント性
淡々とした日常で、綿密な取材やロケハンをして、戦前・戦中を描いているが、一方で少女から大人の女性への成長を描いている。
すず一人に起きた出来事は、おそらく色んな人の体験を集めて、演じさせているんだとは思うけど、映像や音楽の持つ柔らかさがマッチしている。
そして戦争・原爆投下という戦争のある日常をオブラートに包んで私たちの前に提供してくれることで、何度も見たいと思わせる作品に仕上がっている。
⑥ 演出が素晴らしいか?
原作の持つ良さをそのままアニメーションにした感じ。
一方でモノローグ(独り言や心の声)が多い、やはり今の私たちに理解できないところを説明する必要があるから、なのかもしれない。
その点では、ドキュメンタリーっぽい作りになってしまっている。
ただ、のんの声(やその雰囲気)に随分、助けられていると言う意味では、キャスティングの妙とも言える。
⑦ 脚本が素晴らしいか?
脚本というか、原作が素晴らしい、本当に戦前・戦中の暮らしが良く描かれている。
かつての戦前を描いた日本映画の家族の風景が、この作品にも描かれている、それがごく自然。
彼女は不幸だったのだろうか?最後は前向きに強く生きていくのだから、きっと幸福になっていくんだと思う。
そんなすずの姿を見ているだけで涙が出てくる。
⑧何度も見たくなるか?
日本人は、毎年のようにこの作品を見て欲しいと思えるくらい。
戦争の悲惨さも伝わってくる、でもこのほんわかとした雰囲気の絵が、クッションとなってくれる。
おそらく実写で見てしまったら、数年は見たくなくなる、それでも心に伝わる作品の強さというものは決して変わらない。
映画の枠で考えると、個人的には『君の名は。』の方が好きだけど、アニメ、マンガ、映画と言う枠を超えたところにある作とも言える一本。
映画『この世界の片隅に』のデータ
上映時間■126分
製作国■日本
公開情報■劇場公開(東京テアトル)
初公開年月■2016/11/12
監督■片渕須直
アニメーション制作■MAPPA
企画■丸山正雄
プロデューサー■真木太郎
原作■こうの史代
脚本■片渕須直
キャラクターデザイン■松原秀典
作画監督■松原秀典
音楽■コトリンゴ
主題歌■コトリンゴ 『悲しくてやりきれない』
声の出演■のん 北條(浦野)すず/細谷佳正 北條周作/稲葉菜月 黒村晴美/尾身美詞 黒村径子/小野大輔 水原哲/潘めぐみ 浦野すみ/澁谷天外
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
【解説】
戦時下の広島の軍港都市・呉を舞台に、この街に嫁いできたのんびり屋のヒロインが、物がなく苦労が絶えない日々の中でも持ち前の明るさとしなやかさで、つましくも心豊かな生活を送っていくさまと、そんなささやかな幸せが徐々に戦火に呑み込まれていく残酷な現実を、丁寧な日常描写の積み重ねで描ききったこうの史代の傑作漫画を「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督が長編アニメ映画化した珠玉の感動作。TV「あまちゃん」で一躍国民的人気女優となった能年玲奈が“のん”名義でアニメ映画に初挑戦し、ヒロインの声を好演。1944年(昭和19年)2月。絵を描くことが好きな18歳のすずは、急に縁談話が持ち上がり、あれよあれよという間に広島市から海軍の街・呉に嫁にやってくる。彼女を待っていた夫・北條周作は海軍で働く文官で、幼い頃に出会ったすずのことが忘れられずにいたという一途で優しい人だった。こうして北條家に温かく迎えられたすずは、見知らぬ土地での生活に戸惑いつつも、健気に嫁としての仕事をこなしていく。戦況が悪化し、配給物資が次第に減っていく中でも、すずは様々な工夫を凝らして北條家の暮らしを懸命に守っていく。そんなある日、道に迷っていたところを助けられたのがきっかけで、遊女のリンと仲良くなっていくすずだったが…。(allcinema)