映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 Manchester by the Sea
癒えない傷も、
忘れられない痛みも。
その心ごと、生きていく。
2017年5月13日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
まずは見てから語ろう!
個人的には独りで見たい作品だが、心が通じてるカップル同士で見るのも良いかもしれない。
アメリカ・ボストン近郊の小さな漁港の街のマンチェスター・バイ・ザ・シーという街での物語。
とても地味な物語で、日本映画でいうところの小津安二郎作品のような映画で、ケイシー・アフレックがアカデミー賞の主演男優賞を取らなかったら、どう宣伝するんだろう~と思ってしまう。
ケイシー・アフレックはベン・アフレックの弟で、今作品のプロデューサーはマット・デイモン。
ベン・アフレックとマット・デイモンは親友で『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』でも3人は共演している。
当初、マット・デイモンが監督・主演で企画されたものだが、脚本をケネス・ロナーガンに依頼して、そこから彼の監督、ケイシー・アフレックの主演となった作品。
そして、第89回アカデミー賞で、ケイシー・アフレックが主演男優賞、ケネス・ロナーガンが脚本賞を受賞した。
そしてこの作品が終わる頃には、劇場にいる人々の涙を拭う姿があった。
重い十字架、考えさせられるラストへ
口数の少ない主人公のリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、ボストンで便利屋をしていて、独り暮らしで友人もいない。
そんな彼の元に、マンチェスター・バイ・ザ・シーに住んでロブスター漁をしている兄が倒れたという連絡が入る。
ボストンから1時間くらいのマンチェスター・バイ・ザ・シーの病院に駆けつけると、既に兄はなくなっていた。
兄の遺言で、兄の一人息子の後見人になるようにとあるが、リーは頑なにそれを拒む。
リーが頑なにマンチェスター・バイ・ザ・シーでの甥の後見を断る理由がこの作品の最大のターニングポイントになるが、ネタバレになるのでここでは語れない。
このシーンで観客からは嗚咽があがった。
本当に良い映画なので、絶対、見て欲しい!そして確認して欲しい。
家族や友人たちとの絆が強い人ほど、この重い十字架を背負った時に深い傷を負うことになる。
この映画のラストには、最初はなかなかスッキリしたものを感じられなかったが、後から色んな感情が込み上げてきて、忘れられない作品となった。
以下は、ネタバレがあるかもしれないので注意してください。
私的『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
① テーマが有るか?共感できるか?
人は心が折れた時、どうやって再生するのだろうか?
主人公は心に大きな傷を負い、彼は何も悪くはないのに重い十字架を背負ってしまった。
彼を支えてくれるのは、彼が近づきたがらないマンチェスター・バイ・ザ・シーに住む友人たち。
彼にはマンチェスター・バイ・ザ・シーに楽しい想い出と辛い思いが共にあることで、彼にとってこの街がトラウマになっている。
ラストは私にはスッキリするものではなかったので、少し考えさせられた。
人は逃げてもいいんだ!と。
② 作り手の強い意思を感じるか?
決して暗いだけの話ではない。
主人公の甥・パトリックは街で二股をかけているなど、父親が亡くなったのに前向きに強く生きていこうとしている。
ある意味、主人公・リーとは対照的である。
人が生き続ける意味、そして生きる源は、人との関係性なのだと感じる。
人は独りでは生きていけない、どんなに離れていても繋がりを感じることが重要なのだと。
③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?
ケイシー・アフレックの演技が素晴らしい!脚本自体が素晴らしいがそれに応えた彼の演技が見事。
実は主人公・リーの陰陽を分けている演じるという困難にチャレンジして成功している。
彼を取り巻く、リーの兄・ジョーを演じたカイル・チャンドラーも良かったし、中盤からキーになってくるリーの妻・ランディを演じたミシェル・ウィリアムズも素晴らしい。
作品の中の重い十字架以外にも、出て来る人々がそれぞれに背負っている日常がある。
甥・パトリックにも母親との関係がのしかかる。
実にリアルに人々の生活が描かれている。
④ 映画らしい楽しさが備わっているか?
背負わされる十字架の重さを思うとテレビにはできない、そしてこの脚本を舞台劇でやるのも難しいだろう。
映画でしか表現できない世界観があり、表現がそこにあり、映像や音楽の素晴らしさも合わさっているので劇場で見て欲しい作品。
⑤ エンターテインメント性
娯楽と芸術という合間という点では、芸術やリアリティに振れている作品だと思う。
それくらい地味にできている作品。
でも、俳優の素晴らしい演技を楽しむ、アカデミー賞監督賞を取ることはできなかったが、演出も素晴らしかったので、映画としての楽しみ方もできる作品。
⑥ 演出が素晴らしいか?
今年は『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルが史上最年少のアカデミー監督となった訳だが、どっちが好きか?というと、ケネス・ロナーガンの演出の方が好きだった。
『ラ・ラ・ランド』の演出は、色んな工夫や努力がされていて、あのアイディアには感服したしアカデミーに値すると思っている。
一方で今作品は、ガス・ヴァン・サント監督のような演出でビックリした。
少ないセリフで心情が表現されていて、脚本の持つテーマと共に静かに時間が経過していく様が見事に表現されている。
映像全体が瑞々しさを感じさせてくれる。
⑦ 脚本が素晴らしいか?
なんと言っても脚本が素晴らしい!!
映画を見終わった直後は「凄い衝撃的な物語だなぁ~」と思ったが、しばらくするとこの脚本こそがキーになっていると感づかされる。
時系列で物語を構成したら、これ程の作品にはならなかっただろう。
主人公の兄が亡くなるところから時系列に物語が進むが、そこに過去の回想が差し込まれていく。
その回想の使い方がこれだけ見事な作品は珍しい(回想が多いと失敗することがおおいが)。
主人公や周辺の人々のトラウマが一つの回想毎に明かされて行く。
そしてタイトル。
単なる街の名前をタイトルにしているが、邦題もそのままにした配給元の勇気には拍手もの。
これを情緒的な放題に変えて欲しくないし、街の名前がタイトルであることに大きな意味がある。
⑧何度も見たくなるか?
決して軽い話でも、エンターテインメント性が高い作品ではないが、心にしみいる作品。
人生は常に夢が叶うものではない、逆に失敗することのほうが多いと思う。
そんな時に見たい作品。
それ以外にも、この美しい作品は何度見ても心に響き続けると思う。
映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のデータ
監督・脚本■ケネス・ロナーガン
出演■ケイシー・アフレック/ミシェル・ウィリアムズ/カイル・チャンドラー/ルーカス・ヘッジズ/カーラ・ヘイワード
製作■2016年/アメリカ/ユニバーサル作品
上映時間■137分
配給■ビターズ・エンド/パルコ
(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.
【作品紹介】
本年度アカデミー賞主要6部門ノミネート!主演男優賞(ケイシー・アフレック)、脚本賞(ケネス・ロナーガン)が受賞!ゴールデン・グローブ賞主演男優賞受賞!
マット・デイモンがプロデューサーを務め、『ギャング・オブ・ニューヨーク』の脚本でアカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされたケネス・ロナーガンが監督・脚本を務めた珠玉の人間ドラマ。ボストン郊外で便利屋として生計を立てている主人公が、兄の死をきっかけに故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーへ戻り、16歳の甥の面倒を見ながら過去の悲劇と向き合っていく。
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