映画『ベニスに死す』 MORTE A VENEZIA
私が最も愛する作品、映画として映像としての極致にある
これ程、感覚的な映画が有るだろうか?そんな問いを投げたくなるような作品。
映像と音楽がストーリーを語っている。
マーラーの音楽に心酔してしまう。
映像はヴィスコンティの他の作品に比べると、色彩という点では趣が違う。
全体的に白を基調としたもの、他の作品は赤や黒、黄金と言った色が基調。
それだけに主人公のアッシェンバッハの醜さとタッジョの美しさが際立つ。
この作品は“美”とは?“芸術”とは?と言う問いを投げかけ、究極の美という物をテーマに置いている。
“美”の象徴がタッジョであり、アッシェンバッハの老醜が描かれている。
ここで描かれる“美”は、“知性”に依って生み出される物ではなく“自然”が生み出す物...甘美な物(欲望の現れ?)として描かれる。
それは才能が生み出す奇跡だと...
タッジョを観ていると恐ろしい物を感じる。
“美”を生み出す才能を手に入れるために悪魔と手を握る必要が有るのでは...タッジョこそが悪魔の使いなのか?そんな幻想を思い起こさせる。
アッシェンバッハはタッジョを追い回す。
タッジョ(悪魔の使い)の気を引くために(死に)化粧までほどこす。
タッジョもアッシェンバッハにつけられているのを知り、振り返っては、(“美”と言う欲望の世界に)誘惑していく。
アッシェンバッハはタッジョに向かって独り言を言う...「愛している」と、それは、悪魔に心を売っても“美”を手に入れたいという誓いの言葉なのかもしれない。
またアッシェンバッハは、タッジョが一人で『エリーゼのために』をピアノで弾いているのを見て、娼婦との交わりを思い起こし頭の中でタッジョ肉体的に犯している...悪魔の誘い(美)に溺れるのである。
そして海に向かってダビデ像のポーズを取るダッジョに“美”を見て(手に入れて)、引き替えに魂(命)を悪魔に奪われる。
余りに、美しい数々のシーン、そして言葉以上に語る音楽、この2つが美しすぎるだけに、その残酷さが際立つ。
ラストのアッシェンバッハの死体が、運び出されるシーンのなんという怖さ!
屍は、この美しく甘美な世界からは放り出されなければならないのか?
ヴィスコンティは、この作品で“美”と言う物を映像と音楽で見せつけ、神(知性)と悪魔(欲望)の世界を描き挙げている。
彼は長年暖めていたこの作品の企画を、ビヨルン・アンドレセンと言う完璧な美少年(好みは有るが)を手に入れたことにより実現にこぎ着けた。
余りにも甘美で倒錯した美しい世界である...それだけに残酷である。
映画『ベニスに死す』のデータ
LA MORTE A VENEZIA
DEATH IN VENICE [米] 131分 1971年 イタリア=フランス
監督■ルキノ・ヴィスコンティ
製作■ルキノ・ヴィスコンティ
製作総指揮■マリオ・ガッロ
原作■トーマス・マン
脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ
撮影■パスクァリーノ・デ・サンティス
音楽■グスタフ・マーラー『交響曲第三番ニ短調第四楽章』、『第五番嬰八短調第四楽章』
指揮■フランコ・マンニーノ
演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
美術■フェルディナンド・スカルフィオッティ
衣装■ピエロ・トージ
助監督■アルビーノ・コッコ
製作会社■アルファ・チネマトグラフィ/ラ・プロデュクション
備考■テクニカラー、パナヴィジョン
日本公開■1971年
出演■ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/ノラ・リッチ/マリサ・ベレンソン/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/セルジオ・カラファノーロ/チロ・クリストフォレッティ/アントニオ・アピチェッラ/ブルーノ・ボスケッティ/フランコ・ファブリツィ/ドミニク・ダレル/マーシャ・ブレディット
1971年カンヌ国際映画祭
25周年記念賞授賞 ルキノ・ヴィスコンティ
(ルキノ・ヴィスコンティ自身の功績も共に表彰された)
【解説】掛け値なしに美しい映画だ。T・マンの原作ではギリシア神にも喩えられる少年タジオが現実にもいたせいだ。そのB・アンドレセンの美少年には主人公ならずとも、ヘテロの男性をも“その気”にさせる妖しさがあり、彼に出会えたことを“奇跡”と呼んだヴィスコンティの驚喜はよく分かる。彼とそして、全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。理想の美を少年に見出した作曲家アッセンバッハは、浜に続く回廊を少年を求めてさまよう。疫病に罹ってもなお、化粧をその顔に施させ、ヴェニスの町を徘徊し、やがて疲れた体を海辺のデッキチェアに横たえる。波光がきらめく。満足の笑みを浮かべつつ涙し、化粧は醜く落ちていく……。痛切な幕切れは同時にひたすら甘美だ。(映画データベース – allcinema より)
この作品、最初に観た時は、他のヴィスコンティ作品よりも自分の好みではなかった。
何度か見ているうちに、一番好きな作品の一つとなった。
トーマス・マンの原作(原作は音楽家ではなく作家)だが、実は同じマン原作「ファウスト博士」の”悪魔との契約”と言うテーマが大きなベースとなっている。
マンのファウストは、20世紀初頭のナチズムの台頭に合わせて書かれている。
そして、その基になったゲーテの「ファウスト」をベースしたと思われるのが、宮﨑駿監督の最後の作品『風立ちぬ』。
そう言う意味では『ベニスに死す』と『風立ちぬ』には大きな共通性を感じ、共にファシズムの台頭と言う時代を感じさせるものになっている。