映画『海の上のピアニスト』 THE LEGEND OF 1900
人生、捨てたもんじゃない
なんて美しい映画なのだろう。
監督はあの『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督である。
再び、この映画でも観客の心をつかんで離さない。
生まれながらにして天才ピアニストの主人公ナインティーン・ハンドレッドが奏でる音楽も美しく聞き応えもたっぷり。
この物語自体、トランペッターのマックスの作り話か?果たして本当の話か?判らない。
だからこそ、神秘的で美しい語り口が許されるのだ。
これは元々、戯曲として書かれた原作が有る物語だからしょうがないのかもしれないが、非常に映画的な語り口が、ラスト4分の1くらいから、説明的になってくる。
そう現代(1946年)に豪華客船ヴァージニアン号が爆破される訳だけど、ここで現れるナインティーン・ハンドレッドとマックスの会話・・・大切な会話だけど、それまでが映像によって語られてきたのに、ここにあるのは言葉のみ。
そして映像としてあるのは、絶対に存在し得ないで有ろうシチュエーションに現れたナインティーン・ハンドレッドなのだ。
それまでが、存在するのか?しないのか?という狭間に存在していた人物に、いきなりリアリティが与えられてしまう。
個人的にはこのラスト、夢のままの映像的な展開をして欲しかった。
ここまで余りに素晴らしい作品だっただけに残念で仕方がない、人それぞれの感じ方だと思うけど。
と言っても、この映画は素晴らしい。
トルナトーレ監督は、映画というものを非常にロマンティックな語り口で、いつも私達に映し出してくれる。
映画によって伝えられるもの、それはリアリティとかと言ったものではなく、作り話(=ファンタジー)であったとしても、その中に心が込められている事が重要なのであると。
そしてその表現は非常に映像的なのである。
この作品でも数々の美しいシーンが連続する。
冒頭の沢山の移民を乗せた船の前に自由の女神が現れ「アメリカ!」と人々が叫ぶシーンと言い、生まれたばかりのナインティーン・ハンドレッドが蒸気機関に揺られながらじょうろでミルクを飲むシーン、大きくなったナインティーン・ハンドレッドが一等船客のダンス・ホールに初めて足を踏み入れるシーンなど。
船の上に降り積もる雪、そしてナインティーン・ハンドレッドとトランペットの男マックスが出会う嵐の夜シーン。
時化(しけ)で大揺れの船の一等船客では、靴磨きのために廊下に出された靴が揺れに併せて左右に滑っている。
マックスはとてもじゃないけどまっすぐ歩けず、船酔いで花瓶に吐いていると、そこに何事も無いように真っ直ぐに立ったナインティーン・ハンドレッドが現れ、ピアノを弾くという。
床に固定させるストッパーを外させて、まるでピアノ自身がワルツを踊るようにダンス・ホールを動き出す。なんて、素晴らしいシーンなんだろう!
またジャズの創始者ジェリー・ロール・モートンが音楽での決闘を挑んでくるが、このシーンも見応えが有る。
更に好きなシーンが、ナインティーン・ハンドレッドは、その人を見て思い浮かんだ音楽を奏でると言う才能を持っているが、ある日、船室の窓の外に見える少女を見て、ピアノによる演奏をするシーン。
彼女の魅力と共に奏でられる音楽とナインティーン・ハンドレッドの表情。
映画とは映像を見るもの、そう数々の素晴らしいシーンの積み重ねが、素晴らしい映画を作る。
そして少女との出逢いと、少女の父親の言った言葉「陸から海を眺めていたら、海が語りかけてきた」で、海が自分の人生の方向性を決めてくれるなら、船を下りてみたいと。
ただ、結局、自ら下りることは無かった、そう自分には陸地に広がる無限を受け入れることは出来ないと。
映画では、一つの答えを出していると思う。
それは友情であり、恋であり、人と人の結び付きが有れば、陸地でも人が生きていくことが出来ると、ただナインティーン・ハンドレッドには、その結び付きが無かっただけなのだと。
ナインティーン・ハンドレッドの前をいくつもの人生が通り過ぎていく。
しかし、それは通り過ぎていくだけで、彼の人生とは別のものだった。
そこには『ニュー・シネマ・パラダイス』と同様に、映画を観る人々に対して、映画も人生の素晴らしさを教えてくれるが、実際の生活にこそ人生の素晴らしさが有るのだと!
そうトルナトーレ監督は語りかけてくるかのようだ。
ナインティーン・ハンドレッド役のティム・ロスは、今までの彼の役柄とは違い、普通の人(他の映画ではちょっと危ない役が多い)を演じて見せた。
その中に人の孤独や優しさを見事に表現していたと思う。
マックス役のプルート・テイラー・ヴィンスは一世一代の演技だった。
この映像的な素晴らしい映画、物語の語り口も見事、そして更に素晴らしかったのがエンニオ・モリコーネのスコア=音楽。
船で出会った人々の人生から音楽を作る、それを見事に旋律に換えていった彼の素晴らしさ。
この音楽の素晴らしさ、これ無くしては、この映画は生まれなかったであろう。
「いい物語があって、それを語る人がいるかぎり、人生、捨てたもんじゃない」
Reviewed in 12.1999
映画『海の上のピアニスト』のデータ
THE LEGEND OF 1900 125分 1999年 アメリカ=イタリア
監督■ジュゼッペ・トルナトーレ
製作■フランチェスコ・トルナトーレ
製作総指揮■ローラ・ファットーリ
脚本■ジュゼッペ・トルナトーレ
原作■アレッサンドロ・バリッコ
撮影■ラヨシュ・コルタイ
音楽■エンニオ・モリコーネ
プロダクション・デザイン■マウリツィオ・ミレノッティ
アート・ディレクター■ドメニコ・シーカ
編集■マッシモ・カグリア
キャスティング■ファブリツィオ・セルジェンティ・カステラーニ/ヴァレリー・マッキャフリィ/ジェレミー・ジマーマン
特殊効果スーパーヴァイザー■デイヴィッド・ブッシュ
出演■ティム・ロス/プルート・テイラー・ヴィンス/メラニー・ティエリー/クラレンス・ウィリアムズ三世/ビル・ナン/ピーター・ヴォーン/ナイオール・オブライアン/ガブリエレ・ラヴィア/アルベルト・ヴァスケス/ハリー・ディッスン/イーストン・ゲイジ/コリー・バック
<DATA>
1946年、トランペッターのマックス(ブルート・テイラー・ヴィンス)は中古楽器屋で甘美なピアノ曲が収録されている1枚の古びたレコードを発見する。
そ してマックスはこの曲を演奏した「この世に存在しない伝説のピアニスト」の 物語を語り始めた。
大西洋を果てしなく往復する豪華客船ヴァージニアン号に置き去りにされた小さな命。
彼の名はナイ ンティーン・ハンドレッド=1900(大人になってからはティム・ロス)。
時が世紀の変わり目を告げる1900年に、この船で拾われた彼はこ う名付けられた。
船を下りることなく成長するナインティーン・ハンドレッドは、やがて88のピアノの鍵盤の上で信じが たい才能を発揮する。
自らの研ぎ澄まされた感性でのみ奏でられるメロディ。
楽譜は一切読まず、旋律は乗客達の表情や仕草に合わせて紡ぎ出されていく。
優しく、しかも力強い。
かつて聞いたこともないその素晴らしい音色は、あらゆる人を感動の渦に巻き込んでいった。
そしてその噂は海を渡り陸地にまで広がっていくのだった。
即興の音楽を通し、様々な人々と出会う中、ナインティーン・ハンドレッドはふと「陸地から見る海はどうなのだろう」と思いを巡らす。
そんな時、舷窓越しに美しい少女を見る。
その瞬間、彼はやさしいメ ロディを弾き、かつてないほど感動的な音楽を奏でた。
その少女の姿を船中探し回り、やっと三等船室で見つけるが、ごった返す群衆の渦に引き離され、彼女は消えていってしまう。
しかし想いを断ち 切れないナインティーン・ハンドレッドは、これまで一度も下りる事のなかった船のタラップに、その足を 掛けるのだった...。